生実町(おゆみちょう)の歴史についてちょっと調べてみました
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     市原筋整復院の住所は、生実町。
    「おゆみちょう」と読みます。
    最近では、となり町になる、緑区の「おゆみ野」の方が有名になって、生実町と言うと、「ああ、おゆみ野ね。」わざわざと言い直されてしまったりします。
    (ちなみに生実町は中央区なんです。)
    生に実と書いて「おゆみ」と読むのは、全国的にも珍しく、ネットで調べたりすると、珍しい地名でヒットしたりします。


    生実町は、かなり古い町で、実は幕府の藩があった町。
    元々は『小弓城』だったのが、後に『生実』と改められ、それが地名となったようです。
    その辺の歴史については、ウィキペディアにも載ってるので、興味のある方はどうぞ。


    生実藩
    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E5%AE%9F%E8%97%A9


    生実藩は幕末まで続いたそうで、生実藩の藩主だった森川氏の菩提寺の重俊院は、寛永9年(1631)に創建され、歴代の藩主と一門のなどの墓碑群は、千葉市指定の文化財になっています。
    この重俊院は、市原筋整復院に来る時に使うバス通り沿い(鎌取駅発千葉行きで『北生実』バス停の目の前)にあるし、すぐそばに生実池があるので、散策するといいかもしれませんね。


    とはいえ、歴史的にはなんだかとてもすごい藩だったみたいですし、陣屋だの藩だのと、時代劇を思わせる歴史がある生実町のはずなのに、その当時の面影は、今はほとんど見られなかったりします。
    おとなりの蘇我や浜野、そしておゆみ野などは、どんどん進化しているのに、生実町は取り残されたように、どうもずーっとのんびりです。

    posted by: 市原筋整復院 | 生実(おゆみ)情報 | 17:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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