『なまはま』ではありません
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    生実(おゆみ)町という地名も読みづらい地名ですが、この地区の学校名に使われている生浜(おいはま)も読みづらいですよね。
    小学校のバスでの遠足では、バスガイドさんが、

    「なまはま小学校のみなさーん、おはようございま〜す!」

    と、やっては、スタートから大ブーイングをうけてたってこと、多かった記憶があります。
    私自身も、なんでこんな読み方なのかな?と疑問に思ってたものです。

    現在、生浜という地名はありません。
    生実町ととなりの浜野町の頭を取ってるものだと思ってましたが、かつては地名だったんだそうです。 

    旧千葉郡生実浜野村が改称して生浜村成立(大正14〜昭和3)。
    その後、生浜町(昭和3〜30)となり、昭和30年千葉市と合併し、地名はこのときに消滅したそうです。

    現在は、生浜小、生浜東小、生浜西小、生浜中、生浜高校で『生浜』の名称が使われており、ここに残っているだけとなってます。

    posted by: 市原筋整復院 | 生実(おゆみ)情報 | 15:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    大百池公園
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       古くはこの地域は麻績(おみ)氏が開発し、麻布を生産するため、この池で布をさらしたことから、この名前が付いたといわれています。
      池は古くから南生実の耕地900石の潅漑用水の貯水池となって、住民に大切にされてきました。
      現在は、おゆみ野の最西端の大百池公園整備地として、釣や自然観察のできる公園に整備されています。

      南生実町とおゆみ野にまたがった公園なので、所在地の住所はネットで調べると、『緑区おゆみ野中央』になってたり、『中央区南生実町』になってたりしますが、私は南生実町と主張したいですね。
      原型は1652(慶安5)年以前とされ、今のようなきれいな公園に変身したのは、1997年3月でした。
      元の大きな池を原型にして整備された公園なので、名前の通り池がメインの公園です。
      今は子供用の遊具もあるし、駐車場もありますが、整備される前は、ただの池。(笑)
      木はボーボーだし、千葉急行も開通してないし、おゆみ野がなかったころは、この辺は田んぼと畑と山しかなかったですから。
      貯水池として使われていましたが、いつごろからか、ブラックバスが釣れるということで、釣り人たちがわんさか訪れてた時期もありましたっけ。
      今は釣りも禁止になってるみたいです。

      私が子供のころは、今のしまむらがある辺りは、ほとんど人が入っていかない雑木林でした。
      池からだと少し小高い山になってましたっけ。
      子供にとっては、そういう秘密の場所みたいなのって、思い出のひとつだったりしますよね。
      整備されてから大変身してしまった大百池を見たときは、きれいになってうれしいというよりは、なんだかさみしい気持ちになりましたっけ。

      それでも、当時の木々や池の面影は今も残っていたりします。
      スタバのほうから入ると、新しさばかりが目立ちますが、逆側の南生実町側からの風景は、ほぼ当時のまま。
      のんびり散歩するなら絶対こちら側をおすすめします。

      posted by: 市原筋整復院 | 生実(おゆみ)情報 | 09:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      大賀ハス
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        千葉市中央区生実(おゆみ)町にある 生実池では今、大賀蓮の花

        見る事ができます。

        これは、平成9年に植え付けされ 町会の環境部と育成会の方たちによって

        管理されているそうです。

        見頃は朝7時くらいから10時くらいが良さそうです。

        花が咲く瞬間に咲く音がするとか (早朝がいいみたいです)

        私はまだ聞いたことはありません

        この写真は、お昼に撮影したので遅いですね。

        あと生実池では 8月15日(日曜日)夜8時から9時まで花火大会

        開催されます。キレイですよ

         
        posted by: 市原筋整復院 | 生実(おゆみ)情報 | 16:03 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        生実町(おゆみちょう)の歴史についてちょっと調べてみました
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           市原筋整復院の住所は、生実町。
          「おゆみちょう」と読みます。
          最近では、となり町になる、緑区の「おゆみ野」の方が有名になって、生実町と言うと、「ああ、おゆみ野ね。」わざわざと言い直されてしまったりします。
          (ちなみに生実町は中央区なんです。)
          生に実と書いて「おゆみ」と読むのは、全国的にも珍しく、ネットで調べたりすると、珍しい地名でヒットしたりします。


          生実町は、かなり古い町で、実は幕府の藩があった町。
          元々は『小弓城』だったのが、後に『生実』と改められ、それが地名となったようです。
          その辺の歴史については、ウィキペディアにも載ってるので、興味のある方はどうぞ。


          生実藩
          http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%9F%E5%AE%9F%E8%97%A9


          生実藩は幕末まで続いたそうで、生実藩の藩主だった森川氏の菩提寺の重俊院は、寛永9年(1631)に創建され、歴代の藩主と一門のなどの墓碑群は、千葉市指定の文化財になっています。
          この重俊院は、市原筋整復院に来る時に使うバス通り沿い(鎌取駅発千葉行きで『北生実』バス停の目の前)にあるし、すぐそばに生実池があるので、散策するといいかもしれませんね。


          とはいえ、歴史的にはなんだかとてもすごい藩だったみたいですし、陣屋だの藩だのと、時代劇を思わせる歴史がある生実町のはずなのに、その当時の面影は、今はほとんど見られなかったりします。
          おとなりの蘇我や浜野、そしておゆみ野などは、どんどん進化しているのに、生実町は取り残されたように、どうもずーっとのんびりです。

          posted by: 市原筋整復院 | 生実(おゆみ)情報 | 17:14 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |